シー子の仁義。

eu子は何もいわないけど、多分赤組なんだよね。自分じゃ「えー、そんなの別にないよ。それにアタシは音勝負だから」とか言ってるけど、絶対! 赤が好きなはず。だってライブの時はいつもセンター右寄りにに行くじゃんね。アタシそういうチェックは結構厳しいよ。まあ、eu子はバンドやってるから、もしかしたらアタシみたいに特定の誰かのファン、とかいうことはないのかもしれないけど。でも絶対そう。見てればわかる。でもいいんだ、アタシは青組だから。アタシとかぶらなければ全然オッケイ。


さて、今日は久々に地元のライブハウスだよ。最近は地方遠征が多くて、こっちではなかなかライブやってくれないんだもん、もうすごい楽しみだったよ。何日ぶりだろ、こんなに会わなかったのって初めてなんじゃないかな、アタシが彼らのライブに行くようになって。


そりゃあ、地方にも一緒に行きたいかなって思うんだけど、お金もないし、外泊するのに親にウソついたりとかって結構面倒じゃん。それに、地方までついていくのはねー。やっぱ邪道じゃない? 何期待してんだよ、とか思われるのもヤだし。って、誰にだよ。でもね、ホントそう思うの。だからアタシは、むしろ地元を守る。地方行く代わりに、地元の時は絶対、「入り」は迎えるし「出」は送る。それがアタシの、「正しく」やるべきことだと思うんだよね。


でも…最近待ちの時にしゃべるようになったタケちゃんとかは、住んでるのは東京だけど、いつもこっちにも来てるし、地方もしょっちゅう行ったりしてるんだって。うそーマジで。それで時々打ち上げとか誘われてるらしいよ。ホントに? eu子は全然そういう話聞こうとしないんだけど、アタシはそれ、すっごく知りたい。ねえタケちゃん、もっと教えてよ。打ち上げとか行くの? ねえ、今度ゆっくり話したいな。だからかな、最近タケちゃんたち前行かないよね。なんで後ろで見てんのかなーって思ってたけど、それって「余裕」ってやつなのかなぁ。

MOTOYAWATA19:30

eu子絶対好きだよ! ほんとマジカッコいいからいっぺん見に行こうって!」


そうやってシー子に誘われたのは夏の終わりだ。本八幡ROUTE14。えー、いいよ。ライブハウスなんてもうかったるいよ。ダッサい、お客も入らないような細長い箱なんて、寒くて行く気もしないし、逆にちょっと人気出てきたようなバンドに行くと、いるのは最前列を陣取ってチャラチャラしてる入り待ち出待ち女と、「アタシ? 関係者だから。今日はサウンドチェックみたいなもんだから」みたいな訳知り顔の女ばっかり。うんざりなんだよ。


それに、アタシだってたいして曲も知らないバンドに最初から尻尾振るほど安くはない。かといって、あの居心地のいい卓前の壁は例の女どもで埋まってる。要するに居場所がないんだって、ねえシー子。


「大丈夫、行ったらわかるから! ホントすっげ踊れるから!」


無理矢理耳に当てられたヘッドフォン。確かに曲は悪くない。へえ、そうなんだ。こういうのやるヤツ、こんなとこにもいるんだ。


あれから半年。


「でしょでしょ? もうeu子だって曲覚えたでしょ? 毎回来てるんだしさ。今度は前まで突っ込もうよ! アタシばっかり特攻じゃつまんないもぅん」


もぅん、というところでシー子の声が鼻に抜ける。お願い事があるときのシー子のクセだ。いいよ、アタシはまだ後ろがいいよ。だいたいこのバンド気に入ったなんてアタシまだひと言も言ってない。


「でさ、eu子はさ、実際のところ何組なの? もうそろそろ誰が好き、とかあるっしょ? 言いなよぅん。それでさ、今度はタバコ持ってさ、入り待ちしようよ!」


うるさいよ。アタシはそんなんで見に来てるんじゃないって。こんなところでやってる割に音は悪くないって思ってるだけ。それにヤツらふざけてない? メンバーだってもう揃ってるのに、30分も押してるよ。その割に態度デカいじゃん、それも毎回。アタシはぜってー何組なんて言わない。だって特にアイツがムカつく。そう、アイツ。人をバカにしたみたいな目で歌ってさ。


「アタシは何組なんて−−−−」


言いかけた言葉が、フロアに響き渡った。一瞬の静寂。しまった、ロクなこと言うんじゃなかった。前の方の女ども、すっげーアタシを見てるじゃん。


その時だった。


入り口のドアを蹴上げるように開けて、黒い人影が入ってくる。サングラスの奥に視線を隠して、物も言わずに。一拍遅れて、女どもが嬌声を上げる。そしてアイツはーーーアイツは、アタシの鼻先をかすめて、スルリとステージに収まった。


「ーーーーアタシはーーーーーみ、緑とかなんじゃん?」


釘付けにさせられた視線をアタシはもう1ミリも動かすことができない。喉がやけにひりひりする。シー子が何か言ってるような気がするけど聞こえない。アタシはーーーアタシは、自分の中に流れているこの真っ赤な血の色を、決して誰からも悟られないように、歯を食いしばってライブを耐えなきゃいけない。


アタシはぜってー何組なんて言わない。